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過敏性腸症候群外来

過敏性腸症候群のお話し

1. 過敏性腸症候群とはどういう病気?

ものすごい怒りを感じる時に「はらわたが煮えくり返る」と言います。とても辛い気持ちを「断腸の思い」と表現します。このような日本語で示されるように感情と腸管の運動、腸管の感覚は密接に関係しています。ストレスや精神的疲労、強い情動体験は腸管の生理的反応を引き起こし、この反応が生活に支障を与えるレベルになると過敏性腸症候群と呼ばれる腸管(小腸、大腸)の病気になります。
下痢、便秘、腹痛で苦しみ、日々の生活に大きな支障がでているけれども、内科的検査では異常がないとされるかたの多くは過敏性腸症候群であると考えられます。ひと昔前はノイローゼ扱いされて胃腸神経症と呼ばれました。しかしながら現在では多くの医療関係者がこの過敏性腸症候群という病名を知るようになりました。おそらく人口の15%ぐらいの方が「過敏性腸症候群」のために苦しんでいると推定されます。しかしながら、過敏性腸症候群の治療についてはいまだ著しく進歩したとは言えず、通常の内科的治療を受けても治らない患者さんがかなり多数おられるのが現状です。

2. 過敏性腸症候群の症状はどのようなものか?

以下の3種類の症状からなっています。

① 腸管に由来する症状

腹痛と便通異常(下痢・便秘)の2大症状です。この症状による苦悩のために日常生活、社会生活に大きな支障が出ているということが診断をする上で重要で必須な事項になります。

腹痛
腹部の不快感というレベルのものから、救急車を呼びたくなるほど激しく痛むというレベルのものまであります。一般的には排便をすると腹痛は軽減する傾向があります。
便通異常(下痢、便秘)
ひどい下痢を繰り返し、生活に大きな支障が出ます。あるいは頑固な便秘、排便困難感が続き強い腹痛が起こります。下痢と便秘を繰り返すこともしばしばあります。便意頻数. 残便感をしばしばともないます。
腹鳴
腸管の運動による「グルグル、キュー」という音が強くなり、自分や他人に聴こえるレベルになります。他の人に聴かれて恥ずかしいという気持ちや、周囲の人に聴こえるのではないかという強い不安を伴います。
腹部膨満感、オナラ
腸管にガスが貯まり、お腹が張って苦しい。オナラがひんぱんに出て、それを周囲の人に臭いや音で気付かれないかという強い不安や恥ずかしさを伴います。オナラを我慢しているとガスのためにしばしば激しい腹痛が起こります。
② 小腸、大腸に由来しない症状
  • 上腹部痛、吐き気
  • 頭痛、めまい、微熱、強い生理痛
  • 不眠、不安・緊張、気分がおちこむ
  • 疲労感、全身倦怠感、疲れやすい
③ 過敏性腸症候群の症状による生活上の制限
  • 遠方への外出が怖い
  • トイレがついていない電車に乗れない
  • 友人と時間を決めて会う約束ができない
  • 他の人と外食ができない
  • 会議や、授業に出られない
  • 腹鳴やオナラのために人中に居るのがつらい
  • 過敏性腸症候群の上記症状はいずれもストレス時、疲労時に増悪するという特徴があります。また女性では、しばしば月経前後に症状が悪化します。
  • この病気のためにしばしば社会活動が大きく損なわれ、生活の質が落ちます。休学、留年、退学に追い込まれる学生、休業、退職を余儀なくされる会社員が多くいます。また症状のためにしばしば、入学試験や就職面接などの人生の重大時に失敗したり、実力をまったく発揮できなかったりします。その結果、人生の方向が大きく変わってしまいます。

3. 過敏性腸症候群にはどのようなタイプ(病型)があるのか?

過敏性腸症候群をタイプ別に分けることは診療上とても役に立ちます。どのタイプも腹痛、下痢・便秘(便通異常)を基本の症状としますが、最も苦しんでいる症状をもとにしてさらに次のように分類します。

  • 下痢便秘交代型(下痢がひどい時期と便秘がひどい時期が交互に現れるタイプ)
  • 下痢型(下痢を主とするタイプ)
  • 便秘型(便秘を主に訴え、強い腹痛をともなうタイプ)
  • ガス型(腹部膨満感やオナラなど腸管内のガス症状で最も苦しんでいるタイプ)→国際的分類の中にはありませんが、明確に存在している特徴的なタイプで日本人にはとても多いタイプです。

以上の分け方は実際の診療でとても役に立つものです。しかし現実には、各タイプが混ざっていることがほとんどで、厳密に分けられるものではありません。また無理に分ける必要もありません。あくまでも便宜的な分類です。

4. 過敏性腸症候群診断のための検査はどのようなものか?

  • 先に述べた特徴的な症状があれば過敏性腸症候群を積極的に疑います。
  • 腹部の診察で腸管に沿った強い圧痛(押した時に痛みが起こります)など特有の腹部所見を認めます。
  • 過敏性腸症候群の病状として便に血液が混ざる(血便)ことや、排便時に出血する(下血)ということはありません。
  • 血液検査で貧血(ヘモグロビン値の低下)や炎症所見(CRPが高値)は認めません。血便や下血がなく、血液検査で貧血や炎症所見がなければ必ずしも内視鏡検査を受ける必要はありません。しかし、大腸内視鏡検査で炎症や潰瘍などの異常所見を認めなければ診断はさらに確実なものになります。

5. 過敏性腸症候群はどのような機序で起こるのか?

消化されたものや便は腸管の蠕動(ぜんどう)という規則的でなめらかな運動によりスムーズに肛門に向けて運ばれます。しかしながら過敏性腸症候群においては、この小腸、大腸の規則的でなめらかな運動がうまくできなくなります。小腸、大腸全体にわたってそれぞれの部位が勝手に激しく収縮して運動の規則性がなくなります。分かりやすく言えば「腸管全体がけいれん状態」となっています。このけいれん状態をスパスムと呼びます。そして,スパスムのために強い腹痛、腹部不快感、下痢、便秘、腹部膨満感、放屁などが起こります。このような状態を腸管の運動機能異常と呼びます。ストレス、怒り、不安、精神的緊張は脳の情動中枢を介して自律神経系による調節系を狂わせて腸管の運動機能異常を引き起こします。それは情動中枢と内臓をコントロールする自律神経中枢はほぼ同じ脳部位だからです。過敏性腸症候群の病状が長く続くと、その症状に伴う苦悩そのものが強いストレスとなり強い脳疲労状態が起こります。そのために発症時のストレス状況がなくなっても、腸管の過敏状態が続き予期不安だけで腸管の運動機能異常が起こり、症状が持続、増悪します。

6. 過敏性腸症候群の治療はどのように行うのか?

内科、消化器科などで一般的な治療を受けても、改善がみられないかたがかなりおられます。そのようなかたに対しては以下の治療を行います。

  • 便通のコントロールを上手におこなう。
  • 腹部症状、腹痛をやわらげる。
  • 過敏性腸症候群が起こる機序を理解する。
  • 脳疲労からの回復を図る。

7. 治療結果は?

きちんと治療ができれば多くの方は改善して日常生活、社会生活上の支障が大きく減ります。最終的には薬をほとんどのまなくていいようになるかたも多くおられます。そのような状態に至るかどうかは脳疲労からの回復がうまくいくかどうかにかかっています。

(文責 美根和典)